「こうへいくん」という人
私が「こうへいくん」に出会ったのは、2020年6月。
テスト期間なんだか寂しくて、通話アプリ「斉藤さん」を入れた。
そこで出会ったのが、こうへいくん。
こうへいくんは慶應義塾大学経済学部に通う私の一個上の男の子。
学校の通り頭が良く、サッカーをしていて運動ができる。実家が港区のお金持ちで、横浜のマンションで一人暮らし。歴代彼女11人(この辺は曖昧)。本人曰く顔がいいらしい。因みに、「こうへい」は本名ではないらしい。
そんな人間、存在する?
にわかに信じられないほど才色兼備。容姿端麗、金持ち?少女漫画か。
一回目の通話が終わり、二回目が2日後ぐらいにかかってきた。
もうやめようと思ってる、そう伝えると、消さないで、と言った。消しちゃだめって。それがなんかすごい嬉しくて、多分その頃から私は「こうへいくん」っていう沼にハマってた。
めちゃくちゃモテるらしいこうへいくんという男の子が、私と電話したいって言ってくれることがなんだか奇跡みたいに思えた。
真偽はどうであれ私の中のこうへいくんはめちゃくちゃかっこいい完璧な男の子だった。少々私には優しくなかったのだけど、なんかそれもよかった。
こうへいくんとの連絡は随分長いこと続いた。
私はその間なんだかとても幸せで、恋というには微妙だったが、好きだった、と思う。
私はこうへいくんとの電話で自分をめちゃくちゃ偽った。こうへいくんの言ってることが全部ほんとだったとして、現実の私じゃ振り向いてくれないだろうなと思ったから。
元彼にストーカーされてる(自分に魅力があるアピール)とか体育祭の団に入った(自分陽キャですよアピール)とか彼氏がいる(向こうに彼女がいたので見栄を張りたかった)とか。
こうへいくんの好きな曲は全部全く興味のなかったが、おすすめされた曲は片っ端から好きになった。
『1月で終わり』
こうへいくんのプロフィールにそう書かれていた。
1月30日、電話した。
「やめちゃうんですか?」
「なんかここですごい仲良くなった子がいてさ、もうインスタも教えるぐらい。その子経由で変な子に絡まれて、もういいかなって。」
なんだその理由。
このアプリに私より仲いい子、いたんだ。うける。
私にはインスタ絶対教えてくれないじゃん。
私は一番仲いいと思ってたんだけど。
「じゃあまあ、これで終わりっすわ。」
あ、そんな感じなんだ。呆気ないね。
一応半年以上続いたんだよ?
「いやなんかその感じやだなー、(笑)」
「なんで?別に良くない?」
いいんだよ。
いいんだけどね、?
「じゃーねー。」
「うん ばいばい、」
ぷつり。
終わった。
こうへいくんが辞めないでって言うから続けてたのに、自分はすぐ辞めるんだ。そんなもんなんだ。
私にとってこうへいくんは唯一無二だったけど、こうへいくんにとって私は数ある暇つぶし道具の一つでしかなく、いつでも捨てれるおもちゃだった。
逆に、断ち切れてよかったと思った。
偽られた私で接してたこうへいくん。もう偽らなくていいんだ。こうへいくんとの一方的な疑似恋愛は楽しかったけど、気苦労も多かったから。
忘れよう。失恋にも満たない、こんなこと。
次の日、1月31日。
私は心に大きな穴を開けた状態で国立国際美術館に向かいゴッホの「ひまわり」やモネの「睡蓮の池」を鑑賞した。
ぴこん
美術館で通知音がなった。
非常識だと思い慌てて音を切る。
こうへいくんだった。
非常識だとか考えずすぐ開いた。
「1月でやめないことになった」
は?
それにはまだ、返信できてない。